162号 NYにおける地域開発
-変貌を遂げつつあるハーレム地区(その1)-
 

 NY市の中心部であるマンハッタン島の北部を占めるハーレム地区(イスラム圏のハレムとは全く別のもの)は、長らく「地元のタクシーも行きたがらないような」「危ない」「犯罪地区」などと言われてきました。しかしながら、国や地方自治体、地元の非営利団体、銀行および開発業者等の活躍により、現在では、ドラスティックな変貌を遂げつつあります。


ハーレムの中心部125丁目通り
(右奥の大きなビルにクリントン前大統領のオフィスがある。)

1.ハーレムの開発の経緯

 歴史的に見ると、NY市のマンハッタン地区は、旧ワールドトレードセンターのあったダウンタウンと呼ばれる南の方から栄えていったため、マンハッタン地区北部にあるハーレム地区の市街地としての歴史は比較的浅く、19世紀後半から白人を中心に住み始め、瀟洒な住宅街などが建設されました。その後、20世紀になってからは黒人中心の住宅街となり、1920年代はジャズ等で有名となりましたが、その後は低迷し、1990年代初めまでは先述したような荒廃した地区というイメージが強くありました。その後、民主党のクリントン政権となってからこうした都市内の荒廃した地区の再開発を重視するようになり、連邦政府がエンパワーメントゾーンという再開発重点推進地区を定めて財政補助を行い、具体的施策は地元の非営利団体が中心となり、開発プロジェクトを進めていきました。 

2.大規模商業施設の建設

(1) パスマーク・スーパーマーケット 
 ハーレム開発にとって画期的だったのが、地元の非営利団体の活躍により、パスマークという大手スーパーの誘致に成功したことでした。それまでの常識では、ハーレムのような比較的低所得者層が多い地区に大型スーパーを設置しても収益性は低い(よって設置すべきではない)、と考えられてきました。しかしながら、パスマークは視点を変えてハーレムの市場分析を行いました。例えば
、ハーレムの住人の平均所得は低いが、人口密度は高いため、潜在顧客は多い。また、ハーレムの住人はハーレム以外では買物をしない傾向がある。こうした別の尺度から見ると、ハーレムでのスーパーの営業は十分に収益性が見込めるものであり、1999年にできたそのスーパーの東ハーレム支店は、チェーン店の中でもトップクラスの売上高を達成しているそうです。実際にそのスーパーに入ってみると、お客さんも多く、中には大手銀行の支店(インストアブランチ)もありました。 

(2)ハーレムUSA 
 2000
年には、複合商業施設であるハーレムUSAが完成しました。これも非営利団体が中心となってすすめたプロジェクトで、音楽CDの大型店などが入居しており、現在では、ニュージャージー州の有力銀行であるコマース銀行の支店を設置すべく、工事が行われています。 

  
パスマーク・スーパー(左)と代表的な商業ビル(ハーレム
USA・右
(第164号に続く)
(文責:ニューヨーク駐在シニアアナリスト 青木 武) 

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取材協力:
 ニューヨーク連邦準備銀行
 エンパイヤ・ステイト・ビジネス開発コーポレーション
 ニューヨーク大学 
行政研究所 青山公三氏ほか
参考文献:
 日本政策投資銀行、「
IT等を軸にした地域活性化策とハーレムの変身」、2000年9月
 住宅都市開発省ウェブサイト(http://www.hud.gov

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